江戸時代のアオサギは、「妖怪」として扱われています。太古の日本では「穀霊として崇められていましたが、なぜ妖怪として見られるようになったのか」。アオサギの風変わりな習性などから解き明かします。きっと、普段とは違うアオサギを知ることができます。
アオサギのイメージ
アオサギは、背の高い痩せた鳥です。観察すると、清流の中でじっとして動きません。まるでオブジェのようにも見えます。
アオサギは、大きな体の鳥ですが背中の色がくすんだ青のような灰色で、あまり目立ちません。川や田んぼの水面を覗くようにして長時間同じ姿勢をしていることが多い鳥です。
そのため、見方を変えると、ちょっと不気味です。
アオサギの生態
アオサギは、ペリカン目、サギ科、サギ亜科、アオサギ属に分類されている鳥で、夏期にユーラシア大陸の中緯度地方で繁殖します。
冬季には、アフリカ大陸の中部や東南アジアで越冬する渡り鳥でした。
日本に飛来するアオサギは、亜種アオサギです。夏鳥として繁殖のため北海道に飛来するものと、冬鳥として九州以南で越冬するものがいます。
ただし、本州や四国のアオサギは、留鳥として一年中生息しているそうです。
日本の亜種アオサギは、ヨーロッパやアフリカに生息する「基亜種(最初に学会に登録された亜種)」に比べて、やや淡色と言われています。
《大きさ》
アオサギのクチバシの先から尾羽の先までの長さは、1メートルもあります。日本に生息するサギ類の中では最も背が高くて脚も長い鳥です。
《食べ物》
アオサギは、魚、両生類、爬虫類、水生昆虫などを食べる肉食です。口に入って動くものなら何でも食べてしまいます。
《獲物の獲り方》
アオサギの狩りは、アフリカのハシビロコウのように「待ち伏せ」する時と、「ゆっくり歩行」しながら獲物を獲る2つの方法があります。
《鳴き声》
アオサギは、スマートな体形からは想像できませんが、うるさい悲鳴のような声で「ギャー・グワーッ」と鳴きます。
《巣》
アオサギは、他のサギ種が繁殖する近くで、高い樹上に枝を集めて皿型の巣を作ります。「サギ山」と呼ばれる集団営巣地の近くでは、サギたちのうるさくて大きな声に圧倒されます。
《アオサギのちょっと変わった習性》
アオサギは、夜行性の鳥ではなく「フクロウ」のように夜間でも目が見えるわけではありません。しかし、月夜で照らされた引き潮の浜辺などには、多くのアオサギが魚をめがけてやってきます。
アオサギは昼行性の鳥ですが、明るい月夜の晩には空を飛んで、「ギョエー」というような悲鳴のような声を出します。
こんな光景に出合ったら、昔の人は、本当に驚いたでしょう。
尚、逆に、夜行性のゴイサギは、夜間だけでは十分なエサ取りができない子育ての時期などに昼間も活動すると言われています。
江戸時代のアオサギは妖怪と言われていた!
妖怪や化け物の物語が流行して、もてはやされた江戸時代には、アオサギのことを妖怪とした物語本が読まれていました。
1779年(安永8年)の「今昔画図続百鬼」には、樹上のアオサギの体から妖しい光を放つ絵が掲載されています。この絵には、「夜間に飛ぶアオサギは、羽と目を光らせて尖ったクチバシをした、すさまじい姿になる」との説明文が付いています。
アオサギが妖怪と言われた背景
アオサギが妖怪と言われるようになったのは、怖い読み物が流行った江戸時代からですが、「河童」や他の化け物とともにアオサギが選ばれた背景は、次のようなことでしょう。
- 古代日本で穀霊として、崇めていた動物神の時代変遷
古代日本では様々な物に神の存在が宿るとされ、田んぼにやってくるサギ類を穀霊(こくれい)として崇(あが)めていましたが、時代経過とともに動物神の多くは、「妖怪」に転じられてしまいます。同様にアオサギも、いつしか「妖怪」と言われるようになったのでしょう。 - 夜間に活動するアオサギ
アオサギは、夜行性ではありませんが、夜間に飛んで、「ギョエー」などと恐ろしい声を出して人々を怯えさせる行動や、背の高いアオサギが薄暗い水辺でジイッとたたずむ様子などから、アオサギを妖怪と連想させたのでしょう。
まとめ
アオサギは、田んぼや川などで普通に見られる大きな鳥ですが、江戸時代には妖怪として多くの物語に登場しています。
江戸時代にアオサギを「妖怪」として扱うようになった背景は、アオサギの風変わりな行動を知ると納得するでしょう。