鳥類史上最も数が多く、1700年代には50臆羽もいたと言われるリョコウバトは、20世紀の初頭に絶滅してしまいました。鳥の中で最も数の多かった、リョコウバトという鳥が、どのような鳥だったのか、絶滅した経緯や、絶滅を防げなかった理由等を纏めています。
リョコウバトが絶滅した経緯
リョコウバトの肉は大変美味しくて、北アメリカにいた先住民も好んで食べていました。ところが、1800年代には、ヨーロッパから北米への移住者が激増して、食肉用だけでなく、リョコウバトは、羽毛をとるために乱獲されました。
さらに、人口の増加によって開発が進み、リョコウバトの生息地の森も少なくなって数は加速度的に減少していきます。
さすがに、数の減少が気になり始めると、保護すべきとの動きも見られました。但し、それでもリョコウバトの数は多いため、人々は、いくら獲っても大丈夫と考えていました。
1890年代には、野生のリョコウバトは殆どいなくなってしまいました。そして、1906年には、野生にいる最後のリョコウバトがハンターに撃ち落されます。
その後、動物園で飼育されていたマーサと名付けられたリョコウバトが老衰で死亡(1914年9月1日)しました。これで、地球上から、リョコウバトは姿を消してしまったのです。
リョコウバトの絶滅を防げなかった理由
リョコウバトは、群れで行動し、数は圧倒的でしたが、繁殖力はとても弱い鳥でした。
繁殖期は、年に1回きりで、生まれてくる卵も、1個だけでした。しかも、自然界では、その1羽が無事に育つのも大変です。
その上、人による乱獲と繁殖のための大切な森の減少が重なったため、想像できないスピードで数を減らして絶滅したのでしょう。
また、リョコウバトは群れで行動する生き物です。群れで行動する生き物のため、一定数以上いないと、日々の生活そのものが成り立たなくなってしまったとも、考えられます。
20世紀のはじめに絶滅したリョコウバトとは?
北米大陸の東岸にいたリョコウバトは、最も生息数が多い鳥と言われていましたが、20世紀の初頭には絶滅してしまいました。
リョコウバトとはどんな鳥なの?
リョコウバトは、くちばしから尾の先までの長さは40㎝ぐらいの鳥です。
尾が長く、ドバトよりも少しだけ小さい鳥です。
くちばしは黒く、脚は赤色、オスの背中は、青みのある灰色、腹部は赤褐色をしていました。メスはオスよりも地味で、背中は淡い褐色、腹部は灰色です。
リョコウバトは、鳥類史上最も数が多く、集団で行動するハト目、ハト科の渡り鳥です。
夏の間は繁殖のためニューヨーク周辺から五大湖付近で営巣しています。冬になると、寒さをしのぐために、メキシコの湾岸地域に移動していました。
リョコウバトは、群で移動します。群の数が多いことを示すエピソードには次のようなものがあります。
- 木に止まると、重さで止まり木が折れてしまった。木の枝が折れる程の数が一緒にとまったのでしょう。
- 群れが上空を通過すると太陽の光が遮られて、空が暗くなった。そして、リョコウバトに覆いつくされた空は3日間も途切れなかった。こんな光景は映画にも描かれていません。想像以上の数だったのでしょう。
これらのエピソードを見ると、数の多さが、感覚的に分かりますね。1700年代のリョコウバトは、50臆羽もいたと推定されています。
まとめ
リョコウバトは、鳥類史上最も数が多く、1700年代には50臆羽もいたと推定されています。
これ程、数が多かったリョコウバトも20世紀の初頭には絶滅してしまいました。
リョコウバトが不幸にも絶滅してしまった原因は、次のように考えられています。
- 肉が美味しくて乱獲された。
- 移住者が激増して、食肉用とともに、羽毛も乱獲された。
- 年に1回の繁殖期に、卵は1個しか産まれなかった。
- 開発が進んで、繁殖するための森が減少してしまった。
- 圧倒的な数の多さに、密漁に対する危機感が薄れてしまった。
- 数の減少に伴って、群れで生息する生活パターンが維持できなくなって急速に数を減らした。
- 人々の意識の中に、リョコウバトは数が多いと刷り込まれていたのでしょう。
リョコウバトは、以上の内容が重なって、急速に絶滅に向かって行ったのだと思います。